今回もM232Raycraftのソフトウエアに関して紹介します。前回はエンジンブレ
ーキ(ストレート編)でしたが今回はエンジンブレーキ(ターンイン編)ということで
進めていきたいと思います。
上記のグラフはMOTEGIのあるストレート後の減速を表したものです。車両は
GSXR1000で、スタンダードで採用されているエンジンブレーキコントロール
システムを汎用のECUで制御しています。この場合の制御といってもレースキット
のEM-PROと同じようなロジックで制御しており特別なことは行っていません。
しかしながらエンジンブレーキコントロールと密接な関係をもつセカンダリスロッ
トルのセッティングはEM-PROとは異なるパターンを用いています。
ここで注目したいのはダウンシフト直後から発生しているスキッドがターンイン開始
付近(A付近)まで続いておりそれに伴ってエンジン回転数も袋状の下降上昇のパ
ターンとなっています。ここでのエンジン回転数の急下降と急上昇はどの様な現
象なのでしょうか?
まずエンジン回転数の急下降はリアタイヤのハーフロックが激しい状態であ
ることを意味します。次にエンジン回転数の急上昇はターンイン時に発生するサイド
フォースの上昇によるリアタイヤのグリップ回復とバンクすることによるリアタイヤの
接地外周の減少による効果の複合作用でリヤスピードが見かけ上ではあるが上
昇することにより発生する現象です。(クラッチが滑っていなければエンジン回転
数の上昇とリアスピードの上昇は正比例します。)
ここで大きな問題となるのはターンイン開始直後のエンジン回転数の急上昇と
その区間(B付近)でのスロットル開度とその変化パターンです。具体的には
減速がターンイン手前で終了するようなレーシングビギナーは別として、一般的
なレーシングライダーであればターンイン開始直後から適度な安定したエンジン
ブレーキを必要とし、そのエンジンブレーキはクリップに近づくにつれ自然と減衰
していく様な特性を望むのではないでしょうか?
しかしながら上記グラフではターンイン直後にライダーの意思とは別にスロットル
グリップが全閉であるにもかかわらずスロットルが静的に設定した開度よりも
開いていたり、場合によってはスロットル開度が上昇することもあるという点です。
実際上記のグラフでもB付近のスロットル開度の変化を注意して見て頂きたいの
です。ここではスロットル開度がライダーの意思とは別にターンイン直後に約3%
から5.5%まで変化しています。これではバイクは曲がらなかったり、ハンドルが
切れ込んだりといったネガが短い期間に複合的に発生します。
この現象は傾向的にはGSXRやZXRといったセカンダリースロットル開度とエン
ジンブレーキコントロールをリンクさせている機種に多く見られます。これはエン
ジンブレーキをコントロールするための可変のスロットル全閉位置の制御がエン
ジン回転数の関数になっているからなのです。
簡単に言えばエンジンブレーキコントロールが必要な領域でGSXRやZXRは
「エンジン回転数が高ければスロットルの全閉開度は高く、エンジン回転数が
低ければスロットルの全閉開度は低い」といったようなセットが「定性的」に行わ
れているからです。
もっと簡単に言えばリヤタイヤがハーフロックしてエンジン回転数が低下す
ればスロットル開度がより閉まる傾向になりエンジンブレーキが強くなり、ますます
ハーフロックが悪化し、ターンインでリヤタイヤの接地外周が小さくなりエンジン回
転数が上昇すればスロットル開度がより開く傾向になりエンジンブレーキが弱くなり
ますます走行ラインが外側にシフトするといったデススパイラルに突入していきます。
ここで考え方を変えてエンジンブレーキコントロールのスロットル全閉位置の制御を
エンジン回転数の関数ではなくフロントスピード相当の仮想エンジン回転数の関数
とすれば(上記グラフのFront-Speed RPM)減速中に大きなスキッドが発生し
ても対応可能であり、またターンイン時にリヤスピードがフロントスピードを追い越す
様なエンジン回転数の上昇があっても逆にFront-Speed RPMは通常のエンジ
ン回転数よりも低い値になるため自動的にスロットル全閉位置が低下しエンジンブ
レーキが強化されることになります。
このFront-Speed RPMの概念はM232Rに折り込まれておりまたエンジンブレ
ーキコントロールのタイプもGSXRやZXRのようなステッパーモーターをポジション
フィードバックで活用するタイプもDUCATI-1098R/1198Rのようなオープン
ループでタイプステッパーモータを活用するタイプも両方対応可能となっているので
興味のある個人やチームはぜひ試して欲しいと思います。
またこのM232Rは外部からCAN経由で燃料補正ゲイン、点火オフセット、失火率
を各気筒ごとにコントロール可能であり、また同様にエンジンブレーキ用のステッパ
ーモータのステップ数やセカンダリスロットルの開度をCAN経由でコントロール可能
なのでMoTeCのADLや2DのCALC-MODULEを使用すればオリジナルの色々
なストラトジーの構築が可能です。このECUはプライベーターだけではなくファクト
リーチームの先行テストにも十分活用できるのではないでしょうか。